風と自由と空と
桜満開の憂鬱
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作成日時 : 2008/03/29 12:59
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早くも東京や神奈川は桜満開を迎えてしまった。心浮き立つ季節だ。同時に3月の卒業式で全国で少なからぬ教師や生徒や親が味わった日の丸・君が代の苦痛を反芻する季節でもある。神奈川県で君が代に不起立だった教員が40数名、過酷な処分体制の東京でも少なくない数の教員が不起立で、大阪でのある中学校では卒業生の大半が不起立だったなどと情報が入ってくる。卒業式の日の丸・君が代で不快感が全開になったかと思えば、桜の満開とともに入学式がやってくる。
日の丸・君が代の強制問題で試されているのは何なのだろう。日の丸・君が代に嫌悪感をもつ人は少数だ。だが、日の丸・君が代を強制すべきではないと思う人は天皇を筆頭にけっして少数ではない。しかし、そう思う人たちの寛容の精神が日本では大きな力にならず、ヒステリックな魔女狩り的言論が大手をふってまかり通るのはなぜなのだろう。寛容の精神とか他人の痛みに対する共感が日本社会にないのではないと思う。だが、それが怒りとなって表現されることがあまりに少なすぎると思う。日の丸・君が代の強制で人権が侵害されていることに対してだけではない、例えば沖縄が基地の負担をあまりに重く背負わされている不合理や、外国人労働者が受けている非人道的な仕打ちなど、多くの問題が同情はされても現に行われている不正に対する怒りを表明する人はあまりにもは少ない。ここ20年以上の間、日本社会を覆っている生活保守主義の意識を抜きに説明できないことのように思える。
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