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zoom RSS 「自然な…」はいつも眉唾もの

<<   作成日時 : 2007/08/16 21:33   >>

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 国のために死んだ人に追悼の誠を捧げるのは「自然なこと」、言葉や文化を同じくする民族は「自然に生まれたもの」、夫婦が同姓で一体であるのは「自然なこと」…。ここにあげたのは「自然である」ことを根拠に反対を許さない言説の例だ。そしてどれ一つ自然ではない。そもそも自然であることを理由にそれ以上の説明や議論を拒否する言説はすべて眉唾なのだ。
 「自然」という言葉の詐術で反対者に沈黙を強制する典型が靖国だろう。
 自分の肉親を戦場で死なせた遺族が慰霊のために靖国に参拝するのは「自然」なことだ。たったこの一行にどれだけの嘘が含まれているのか。戦死と一口にいうが240万とおりの死があったことがまず隠蔽されている。死んだ日本兵の3分の2近くはその死因が餓死、病死だ。鉄砲玉にあたったり、特攻で死んだ戦死らしい戦死は少数派なのだ。多数派の、無意味で悲惨な死を逃げようもなく強制された兵士とそれを命じた者たちが同じレベルの戦没者のはずはない。朝鮮人でBC級戦犯として処刑された者と彼らに捕虜収容所の監視を命じた者が同じ英霊のはずはない。慰霊という行為も自然の一言ですますことはできない。先の戦争で日本軍兵士だけで116万人の遺骨が放置されたままだ。靖国神社ひとつですませるならこんな安上がりの慰霊はないだろう。慰霊の形はなぜ神道という宗教なのか。クリスチャンだった兵士も熱烈な仏教徒だった兵士もなぜ神社に国家の手で勝手に神として祀っていいのか。これも自然ではない。
 こうした素朴な疑問を押し殺す文句が「それは日本人なら自然なこと」だ。つまり「自然」を認めないものは日本人ではないのだ。この手前勝手な理屈の中だけで生きることを強制する流れが教育の世界でまず確実に始まりつつある。

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戦前は、天皇を中心とする支配階層におだてられて死んだ(殺された。)兵を英霊と呼んだ。それにしてもあの狭い空間に霊が犇きあっているとしたら、さぞ窮屈なことであろうね。
参拝する政治家たちは、怨霊の怨みやうめき声を聞いたでしょうか?。
甘口軽口
2007/08/17 08:19

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