田中正造記念館と館林

 天気がよくなるのを待っていつか行こうと思っていた群馬県館林の田中正造記念館に行ってきた。館林といっても関東の人だって行き方がすぐに思い浮かぶ人は少ないだろう。北千住から東武伊勢崎線で1時間半ばかりで行けるのだが、新幹線もJRも通っていない主要都市というわけで知名度が低い。栃木県にも栃木とか大田原などが同じように知られていない。
 今日は富士山も秩父の山も浅間山も日光連山も筑波山も見えると喜び、また利根川の水量を気にかけながら電車に乗っているうちに館林に着いた。ここから歩いて15分ほどで田中正造記念館に到着する。一昔前には花街があったあたりを抜けた静かな住宅街の一角に田中正造記念館がある。
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ここは市有の住宅をNPOが借りて記念館として利用しているのだが、もとは住宅なので広くはない。公開は週に4日、入館料もとらない(維持会員の会費が収入源)。商売っ気はないのだ。今日もNPOの方が二人で施設の手入れや訪問者の応対にあたっていた。さて展示の内容だ。田中正造と足尾鉱毒事件を子どもでもわかるように年代順に説明している。資料はすべて手作りで外部に制作を依頼などしていないのがわかる。じっくり見ると1時間かかるかもしれない。この小さな記念館は田中正造にふさわしい気がした。いつまでも大切に続くことを祈らずにはいられない。
記念館のURLは http://www.cnet-ga.ne.jp/syozou/  です。
 予定では佐野にある郷土博物館に回って田中正造の直訴状を見るつもりだった。ところが先日の洪水のために博物館が休館とわかり。館林市内をさらに歩くことにした。ねらいを田山花袋記念館に絞った。『蒲団』『田舎教師』知られる田山花袋は館林の出身で明治4年に生まれた花袋は18歳頃まで館林にいた。記念館と花袋の旧居は田中正造記念館から10分ほどのところにあった。途中に文化館、市役所、向井千秋の宇宙館?など豪華箱物があった。記念館はそれに比べると質素だ。展示はまあまあでしょうか。田山花袋は『蒲団』でのけぞり、『田舎教師』で感心した覚えがあり、一度訪ねておいてよかった。記念館の向かいに田山花袋旧居が移築保存されていた。
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 さて腹ごしらえとなって、群馬県はうどん県、館林うどんを食べた。讃岐うどんよりもっちりした食感のうどんはおいしかった。食後、館林の町中を駅にもどりながら見物する。うどん屋のすぐそばに正田家の超豪邸があった。さらに歩くと旧二業地組合の建物があった。今は公民館になっているし内部に入ることもできないのだが、花街盛んな頃には芸者さんで賑わったらしい。今はその一帯は見る影もない。
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 館林は大きな空襲や大火があったわけではないと人から聞いた。かつては徳川綱吉も城主だった城下町館林というには今の館林はあまりにわびしくて元気がない。どこの件でも3番手4番手の町の衰退が目立つ。とはいえそれは目立つというだけで空洞化はどの町でも進んでいるのだろう。

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